特定非営利活動法人
イーストベガス推進協議会

第1章「邂逅」 1.都市

長谷川敦(はせがわあつし)はその街の魅力に呑まれていた。

彼は友人と二人、「ストリップ」と呼ばれる大通りを歩いていた。傍らの広い車道には、多くの自動車が行き交っている。その中には開催中のショーをPRする宣伝カーやイエローキャブとして知られる黄色い車体のタクシーも走っていた。普通の乗用車3台分もの長さがある黒塗りの大型リムジンには、一体どんな富豪が乗っているのだろうか。長谷川たちが歩いている歩道は、世界各国から来た様々な人種の観光客で賑わっていた。

雲一つなく晴れ上がった空の下、通りの両側には見上げる高さにホテルが建ち並び、意匠を凝らした外観を競い合っていた。

各ホテルはそれぞれが世界各地にある都市・地方の一つをテーマにしてデザインされていた。まるでおとぎの国から抜け出して来たような真っ白なイギリス中世のお城もあれば、スフィンクスを従えた真っ黒なピラミッドもある。ここストリップを歩くだけで時代や空間を超えた世界旅行ができるのだ。形の奇抜さ、鮮やかな色彩、辺りを圧倒する大きさ…、建物のどれもが目を驚かすインパクトを持ち、長谷川はそれらを見ているだけで心が躍るようだった。

隣を歩く友人はさっきから「すごいなー、すごいなー」と繰り返している。

ここを訪れるすべての人をびっくりさせ、楽しませよう。観光都市・ラスベガスが持つ、そういう明確な意思を長谷川は感じていた。

 

大学卒業を控えた22歳の長谷川敦は友人とアメリカ西海岸を旅していた。ただし、旅程の終盤にラスベガスでの一泊を組み入れたのは自分たちの発想ではなかった。

出発前に旅行代理店でプランを作っている時、担当者が人気の観光地だからとラスベガスにも行くように勧めたのだ。その提案を聞いた長谷川は思わず言った。

「怖いんじゃないの。」

マフィアが支配するギャンブルの街…。それが長谷川にとってのラスベガスのイメージだった。彼はもう一度言った。

「ラスベガスは行かなくていいです。怖いから。」

旅行代理店の担当者は、長谷川の言葉を聞いてゲラゲラ笑った。

「ラスベガスはアメリカで一番治安がいいんですよ。」

笑い声と共に返ってきたのは意外な言葉だった。治安がいい…、そうなんだろうか。暗く危険なイメージを怖れる自分をこんなに笑うくらいだから、きっとそうなのだろう。少なくとも海外に一度も行ったことのない自分よりは現地の事情に通じているはずだ。

「じゃあ、一泊だけ。」

長谷川は旅行エージェントの勧めに乗ることにした。