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やがて日本も…アジアに空前のカジノブーム到来 シンガポールでは客の圧倒的多数が大陸の中国人 ――「マリーナ・ベイ・サンズ」カジノ見学記

 

やがて日本も…アジアに空前のカジノブーム到来  シンガポールでは客の圧倒的多数が大陸の中国人 ――「マリーナ・ベイ・サンズ」カジノ見学記

[ダイヤモンドオンライン 2014年9月26日]

姫田小夏 [ジャーナリスト]【第161回】
シンガポールを象徴するモニュメントとなって久しい「マリーナ・ベイ・サンズ」。カジノはその1階にあった Photo by Konatsu Himeda

 アジアでは空前のカジノブームが到来している。日本では「カジノ解禁法案」を継続審議中だが、いったいカジノとはどんな空間なのだろうか。筆者は今月、シンガポールを訪れた。

 シンガポールは建国以来40年近く賭博を禁止してきたが、2010年、ついに“禁断の”カジノが出現した。観光立国、アジアの国際ハブ空港、国際金融都市に続く、同国第4弾の切り札である。現在、シンガポールには2つのカジノがあるが、このおかげでシンガポール政府はだいぶ潤ったようだ。公式統計はないが、2013年には2つ合わせて60億米ドルの収入になったと言われている。

 チャンギ空港からタクシーに乗り込み、「マリーナ・ベイ・サンズ」へ向かった。今やシンガポールの一大観光スポットと化した、あの“三本柱に浮かぶ巨大戦艦”である。

 曇天にもかかわらず、湿度は異常に高く、着ていたシャツはすぐに汗でにじむ。タクシーの運転手は黒のハンチング帽をおしゃれにかぶった“紳士”だったが、長く伸びる小指の爪に「やはり彼も中華圏の人なんだな」と思わずにはいられなかった。片道30シンガポールドル(約2600円)、20分ほど走ったかと思うと、タクシーはマリーナ・ベイ・サンズのショッピング棟1階の車寄せに滑り込んだ。

 「あんたが言うカジノはここだよ」

 そう言って降ろされた真正面に、カジノの入口はあった。

 いきなり1階か、と内心その「敷居の低さ」に驚いた。てっきり55階建てのてっぺんの、それも奥まった一室にあるのだろうと踏んでいたからだ。タクシーから下車したすぐ真正面が賭博場であり、長い廊下もなければ、密室めいた薄暗い雰囲気もない。「外国人はこちら」と誘導された列に加わると、パスポートを2度チェックされただけで、すんなりと中に入ることができた。

「大人の社交場」が
妙にカジュアルな理由

そこには“金色の空間”が広がっていた。だが、金色に輝きながらもやけにカジュアルな空間でもあった。

当日の筆者の服装はパーカーにジーンズ、そしてサンダル履きだった。にもかかわらず、入場には何のお咎めもない。カジノといえば「夜の大人の社交場」、いささか緊張もしたが、排他的な高級感などそこにはなく、「カジノ=金持ちのたまり場」という筆者の先入観とはかけ離れたものだった。「真っ昼間から営業する、明るい大人のゲームセンター」とでも言った方がふさわしいのかもしれない。

いや、むしろ「ハイソ」なイメージを遠ざけているのは、そこに集まる客層なのかもしれない。圧倒的大多数が中華系のおじさん・おばさんなのだ。サンダル履き、Tシャツ、スウェット姿も多く、北京や上海ですれ違う「ごく普通の民衆」にしか見えない。

もちろん、一般民衆といってもシンガポール人は除外される。シンガポール政府は徹底してそこへの線引きを行ったのだ。シンガポール人が入場しようと思えば、1回当たり100シンガポールドル(約8600円)を払わなければならない。

先ほどのタクシーでの移動中、運転手はこう言っていた。

「100シンガポールドルも払わなければ入れないなんて、そんなの最初からゲームに負けたも同然じゃないか」

シンガポール政府が設定した「100シンガポールドルの入場料」は“国民の健康的生活”を害さないという効果を発揮するにはどんぴしゃりの金額だったというわけだ。そして運転手は悔し紛れにこう続けたのだった。

「あそこはシンガポールで働く中国大陸からの労働者が、給料を握っていくところさ」

なるほど。だから、「大人の社交場」も妙にカジュアルなわけだ。

客の圧倒的多数が大陸人
背景にギャンブル好きな国民性!?

蜂の巣のような無数のポーカーテーブルに群がる客の大多数は、大陸系中国人の普通のおじさん・おばさん Photo by Konatsu Himeda

 入口左側は無数のスロットマシン、右側はポーカーテーブルが数えきれないほど並ぶ。そして正面に進み、吹き抜けになった金色の建物の階下を見下ろすと、一枚の細密画のような風景が広がった。そこには蜂の巣のように無数のポーカーテーブルがぎっしりと詰まっていた。

 それは貧血になってもおかしくないくらいの規模で、正直、想像を絶する巨大さに筆者の足もすくんだ。しかし、これはあくまで「一般民衆向け」の空間であり、“世界の富豪”向けに特別にしつらえられたVIPルームは、また別にあるようだ。

 さて、場内は想像したとおり、中国大陸人が圧倒的に多かった。一目で中国大陸から来たことがわかる出で立ちの中年の男や女が、スロットマシンにかじりついている。ポーカーテーブルでは“大陸なまりの中国語”が飛び交っている。

 賭博場の案内係が言うには、客層は中国大陸、香港、台湾の順に多いとか。中国では国内でも国外でも国民が賭博に参加することは禁じられているはずなのだが、もうこれを見てしまったら、両目は「$$」なのだろう。理性のタガが外れ、賭博にのめり込んでいくその姿は悲しき中華民族の性でもある。ちなみに中国では今、こんな戯言が口ずさまれている。

 「畑には耕す農民もいなくなった。工場には働く労働者もいなくなった。今、中国人はギャンブルに夢中なのだ」――

 もともと「不労所得願望」が強い中国人、不動産投資が流行ったのもそのためだった。不動産価格の上昇が頭打ちとなった今、その余った資金が海外の賭博場に流れてもおかしくはない。

 賭博場の案内係は「その次ぐらいに日本人が多い」ということも教えてくれた。

 「だけど、日本人はほとんど遊ばないですねえ。多くが見学者ですよ」。

 ポーカー、バカラ、ルーレット……一般の日本人には、やはりこういう遊びは不向きなのだろうか。

あちこちに警告スローガンが
「大人の社交場」も所詮はギャンブル

果たして今、この空間にいるどれだけの人間が勝たせてもらっているのだろう。

筆者の友人の“金持ちバングラデシュ人”は、休みのたびにシンガポールにやってきては、この賭博場に入り浸る。彼もまたギャンブル好きのひとりだ。その彼に「勝ったことはあるのか」と尋ねたことがある。そのとき、彼はこう言った。

「いや、一度も勝ったことはないんだ」

一攫千金の夢は容易に近づいてきてはくれないようだ。

目が回って来たので女子トイレに入った。これだけ豪勢な賭博場だ、トイレも絢爛豪華な空間なのだろう…と思ったら、何のことはない、あまりにも普通なトイレだった。

ただ洗面台の脇のラックに、興味をそそる2種類の印刷物があった。

そのうち名刺大のカードを一枚取り上げ開いてみた。そこには「Problem Gambling, Know the line」(ギャンブルの問題、どこで線を引くのか)と銘打って、およそ次のようなことが書かれていた。

「ギャンブルの問題は、賭ける頻度が増すことです。それが問題となる前に、どこで線を引くのかが肝心です。もしも、あなたやあなたの愛する人が中毒になったら、今日にも電話をしてください。私たちはヘルプデスクを用意しております」

また、そこにはチェック項目が3つ並んでいた。以下のどれかに当てはまれば、それは「Problem」(問題)だと言うのだ。

・ギャンブルの時間が予定していた時間より長びいている
・有り金すべてを賭けている
・ギャンブルを止めようとしているが、それができない

 カジノとは「大人の社交場」というハイソな一面も持つが、所詮ギャンブルに過ぎないことを、この印刷物は警告していた。「少しぐらい」がどんどんハマってブレーキが効かなくなる、その結果、他人を脅したり、危害を与えたりするケースにも発展する。あるいは自分自身がうつ病になったり、自殺に追い込まれたりすることにもなるかもしれない。

 そのギャンブルの恐ろしさと、中華系民族特有の「強烈なほどのギャンブル好き」を警戒したシンガポール政府は、シンガポール国民を守るべく、徹底した「線引き」を行ったのだ。

 帰り際、賭博場の案内係は筆者にこんなことを耳打ちしてくれた。

 「あなたの国には500万人の市場が潜在するようですね。今、日本のカジノ解禁を目前に、日本からたくさんの“研修生”たちがここに来てカジノ運営を学習していますよ」

 8月20日、厚生労働省研究班が「ギャンブル依存症の疑いがある人は国内に536万人」とする推計を公表したが、案内係の彼の言い方は「日本のカジノはそれを市場にしようとしているのだ」というものだった。解禁すれば参入してくるであろう外資系カジノが、この「536万人」をターゲットにする、そんな示唆とも受け取れる。

 近年、アジアでは、観光客を呼び込む切り札としてカジノ建設がブームだ。西はインド、南はシンガポール、東は韓国、北はロシアに「総合リゾート施設」と銘打ったカジノが出現している。

 こうした傾向のなかで経済効果を生み出すシンガポールモデルを模範とするアジアの国々は少なくない。アジアのカジノのほとんどは「外国人観光客向け」であり、国民の賭博は禁止、あるいはシンガポールのように制限をかけている。

 中国の識者のひとりは、「シンガポールモデルは、国民を負けさせず、外国人を負けさせることで税収を獲得するもの。もっと端的に言えば国外の“中華人”の金を吸収しようとするものだ」と指摘する。だが、そのシンガポールのやり方からは、賭博がもたらす社会的リスクから国民を遠ざけようとする国民保護の在り方も見えてくる。

 「観光立国」を目指す日本も「カジノ解禁法案」を継続審議中だが、経済効果はさておいても、果たしてシンガポールのような「自国民の規制(保護)」は可能なのだろうか。アジアのなかで日本が率先して「国民解禁」をすれば、それは目指すところの観光誘致とは異なる、別の“弊害”を生んでしまうことも十分に考えられる。

ソース:http://diamond.jp/articles/-/59687