回り始めたルーレット、カジノ解禁期待する推進派-反対論も
6月24日(ブルームバーグ):
ルーレット台にチップを置き、文字盤が回り始めると参加者はどの穴でボールが止まるか、固唾をのんで見守る。都内に住む家庭教師の矢作太一さん(41)は、自分と家族の将来を賭けることに決めた。ルーレットはようやく回り始めた-。
矢作さんは、ルーレットなどカジノゲームの進行役を担うディーラーを目指して勉強中。海外旅行で見たことがある程度だが、国内でカジノを合法化する法律ができそうだと聞き、4月に都内のディーラー養成機関に約50万円の学費を払って入学した。
カジノ導入の具体的検討が自民党で始まって10年以上、同党議員らによって解禁法案が昨年12月に国会に提出された。推進派は当初、通常国会での成立を目指していたが、6月18日にようやく審議入り。22日に会期末を迎え、次以降の国会での継続審議となった。推進派は東京五輪までにカジノを立ち上げ、訪日外国人の観光の目玉にしようと目論む。
「五輪が迫っているので、建設しないと間に合わない」と矢作さんは言う。外国人にカジノで金を使ってもらい、自分もディーラーとして高収入を手にできると予想している。9月に専門機関を卒業したあと、妻を残し単身で海外に渡り、国内でカジノが始まるまでディーラーの腕を磨こうとも考えている。解禁が遅れれば、帰国も高収入も遠のくかもしれない。
カジノはルーレットやブラックジャック、バカラなどのゲームで金銭を賭ける場所。現行の刑法では賭博に当たり、違法だ。継続審議となった「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」は、民間事業者が国の認定を受けた地域でカジノや宿泊施設などが一体となった特定複合観光施設(IR)を設置・運営できる規定を盛り込んでいる。
経済効果
「非常に幅広い波及効果が期待される」-。法案提出者の一人、自民党の細田博之幹事長代行は18日の国会答弁で述べた。香港の投資銀行CLSAは2月のリポートで、カジノは年間400億ドル(4兆円)の市場を日本に創出するとの見通しを出した。これは最大の米国の600億ドル、マカオの510億ドルに次ぐ規模だという。潜在的雇用数は、大阪商業大学の佐和良作教授らが09年に発表した試算によると78万7200人だ。
細田氏は、超党派の「国際観光産業振興議員連盟」(IR議連、通称:カジノ議連)を会長として束ねる。最高顧問には安倍晋三首相のほか、日本維新の会の石原慎太郎共同代表、生活の党の小沢一郎代表が名を連ねる。
自民党総務会長の野田聖子衆院議員のウェブサイトによると、02年12月に「国際観光産業としてのカジノを考える議員連盟」が法制化を目的に発足した。地方自治体では、これまでに東京都、大阪府・市の他、長崎県や北海道、沖縄県などが誘致への関心を示している。
安倍首相も視察
CLSAのアナリスト、アーロン・フィッシャー氏は、法案の成立は「時間の問題だ」と言う。シンガポールやフィリピンなど、IRを導入した国では好影響をもたらしているといい、「日本経済にも良い影響を与えるだろう」と電話インタビューで述べた。
安倍首相は先月30日、訪問先のシンガポールで「マリーナ・ベイ・サンズ」などのカジノを視察。日本の成長戦略の目玉になると話し、世界から人を呼ぶにはどうするべきかという観点から検討を進めてもらいたい、と記者団に述べた。共同通信が伝えた。政府では訪日外国人旅行者を30年に3000万人超と、昨年の3倍に増やす目標を掲げている。
「安倍政権としてはIR法案を早期にやりたいということを自らがシンガポールのカジノに行くことで示した」とクレディ・スイス証券の市川眞一チーフ・マーケット・ストラテジストは言う。「秋の臨時国会で成立する可能性は十分にある」と述べた。
カジノ議連幹事長の岩屋毅自民党衆院議員によると、推進法が成立後に政府が実施法を策定し、具体的な規制の在り方を定める。
業者も続々と参入
海外のカジノ運営業者はすでに続々と日本進出計画を明らかにしている。世界最大の米ラスベガス・サンズが日本事務所を開設し、1兆円を投資する準備があることを表明したほか、ラスベガスのウィン・リゾーツやMGMリゾーツ・インターナショナルは、最終的に日本でのカジノ事業の新規株式公開(IPO)を目指すという。
国内企業でも、ゲーム機器やソフトを製作するコナミが、法案の成立後に国内のカジノ施設に投資するための子会社を設立すると発表。運営にも乗り出す可能性があるという。旅行代理店のエイチ・アイ・エスも、保有するリゾート施設ハウステンボス(長崎県佐世保市)内にカジノ施設の導入を目指しているほか、アミューズメント施設運営などを手掛けるセガサミーホールディングスも参入に関心を見せている。
こうした動きの一方で、カジノ解禁に慎重な声も上がっている。公明党の斉藤鉄夫幹事長代行は、党内に賛否両論があると言う。「法案そのものは地域活性化のための大きな法案ということでもう少し勉強しないといけないが、カジノが中心、核になるということであれば複雑な気持ち」と先月のインタビューで述べた。
マイナス面
古屋圭司国家公安委員長は18日の国会答弁で、取り組むべき治安上の課題として、暴力団や外国人犯罪組織の影響排除、地域の環境保全、青少年の健全育成、マネーロンダリングの防止などを挙げた。
カジノ解禁には「プラスの面を上回るマイナスの面がある」と弁護士の和田聖仁氏は言う。同氏は日本弁護士連合会で法案の廃案を訴える活動の取りまとめ役。治安の乱れなどのほかに、ギャンブル依存症の拡大と多重債務者の増加に懸念を示す。「一度ギャンブル依存症に陥ると、なかなかそこから抜けられない。行くところまで行ってしまう」と話す。今は審議再開時に向け情報収集をしているという。
厚生労働省が公表した調査によると、成人男性の9.6%がパチンコなどギャンブル依存だという。女性は1.6%。日弁連の意見書では、カジノ解禁でギャンブル依存症患者が「増加することは避けられない」と指摘している。
大王製紙の前会長、井川意高氏は、自分が徐々に海外のカジノにのめり込み、子会社から総額106億8000万円の資金を借り入れ、特別背任で逮捕されるまでの経緯を著書「熔ける」(双葉社)で明らかにした。
「おそるべき底なし沼」
同書によると、井川氏は休みを利用した友人とのオーストラリア家族旅行で初めてカジノを経験。100万円の元手が2000万円になるまで勝ったという。「この大きすぎたビギナーズ・ラックが、私をカジノのおそるべき底なし沼へ引きずりこんでいくことになる」と回想している。そのうち週末を利用してマカオやシンガポールに通うようになり、20億円の賭け金をテーブルに積んだこともあったという。
カジノが合法化されている韓国では、負のコストが指摘されている。韓国でギャンブル依存の予防や治療支援に取り組む国立賭博管理委員会が10年に発表した資料によると、ギャンブル中毒に伴う社会的コストは総額で年間78兆ウォン(7.8兆円)に上り、20年には117兆ウォンまで膨れ上がると予想されている。韓国にはカジノ以外に競馬、競輪、競艇、闘牛などのギャンブルがある。
シンガポールでは質店が今年、214店舗と、08年の114店舗から急増した。背景は生活費のやりくりで現金が必要な人々に加え、ギャンブル愛好家たちが短期に資金を借り入れようとするためだ。
ロレックスで資金捻出
大王製紙の井川前会長も著書で質店を利用していたことを明らかにしている。マカオのカジノで遊んでいるうちに資金が底をつくと、クレジットカードのキャッシングでは足りず、1個300万円のロレックスの腕時計をカードで10個購入。そのまま質に入れ、1350万円の資金を作り、カジノに投入したという。
カジノ運営企業などを研究する日本大学経済学部の専任講師、佐々木一彰氏は依存症などをめぐる議論を歓迎する。「議論が始まったというのは、そういう意味では大きかったと思う。そういった問題を公的に議論する機会が、今までは全くといっていいほどなかった」と言う。
ディーラーを目指す矢作さんが通う日本カジノスクールでは、4月の新入生が60人弱と、四半期ごとの募集の1回分にすぎないのに、すでに昨年1年間分とほとんど同じ人数だという。
「負の要素が全くないとは言わない」と校長の大岩根成悦氏(44)は話す。「ただ、カジノというものが嫌いというだけでこの大きなビジネスチャンス、日本をもう一度アジアのハブにしようというのを投げると、何も発展しない」と言う。
関連銘柄
株式市場では17日、カジノ法案が翌日から審議入りすると伝わると、関連した銘柄が急上昇した。セガサミーホールディングスは2.6%、コナミは2.1%、カジノ用紙幣識別機などを製造する日本金銭機械は8.4%、それぞれ上昇した。この日のTOPIXの上昇率は0.3%。
セガサミーホールディングスの株価は24日、午前の取引を終えて0.7%高の1980円、コナミは0.1%高の2254円、日本金銭機械は0.4%高の1814円となっている。TOPIXは0.4%下落の1263.1。
みずほ証券でチーフ株式ストラテジストを務める菊地正俊氏はカジノ解禁は「規制改革の象徴」だと言う。審議入りしたことで、例年臨時国会が開かれる「秋には確実に通るという期待が高まった。外国人の日本株投資にもいい影響を与えると思う」と述べた。
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ソース:http://www.bloomberg.co.jp/bb/newsarchive/N7ED7R6KLVRF01.html