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ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座 第4回「ギャンブル依存症の問題をどう考えるか」

日経ビジネス オンラインのIR特集、第4回目です。

特に反対派の一番の理由としてここが議論のポイントになってくると思いますので必見!

 

ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座
第4回「ギャンブル依存症の問題をどう考えるか」

講師:昭和大学医学部精神医学教室教授、岩波明氏

日経ビジネス オンライン 2014年8月21日(木)

鈴木 昭、井上 健二(フリーランスライター)

 日本でIR(統合型リゾート)を導入する際に懸念されるデメリットとして真っ先に指摘されるのが、ギャンブル依存症の問題である。先日、日経ビジネスオンライン読者を主な対象として実施した「IRに関する意識調査」でも、IR導入のデメリットとして「ギャンブル依存症が増加する」をあげる人がもっとも多く、64.3%に達している。(IR基礎講座 第3回「ビジネスパーソンはIRをどう見ているか」)

 IRにカジノを設置する際には、シンガポールなど先行する諸外国ではギャンブル依存症への対策を併せて行っているが、対策が後手に回った韓国では依存症の増加が社会問題化している。公営ギャンブル以外のギャンブルが違法とされている日本では、ギャンブル依存症の実態把握と対策が立ち遅れているのが現状であり、IR導入にはその対策を講じることが欠かせない。

 日本におけるギャンブル依存症の実態とはどのようなものなのか。これからの依存症対策はどのように進めるべきなのか。依存症治療に詳しい昭和大学医学部精神医学教室の岩波明教授に話を聞いた。

●注:これまで精神疾患の定義上、病的賭博については「ギャンブル依存症」と呼びならわしてきたが、現在、日本精神神経学会を中心に症例の呼称について見直しをしており、『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』の最新版(第5版)では「ギャンブル障害」という呼称で定義されている。今後、「ギャンブル障害」という表記が浸透してくる可能性がある。

ギャンブル依存症の有病率は諸外国と同等と推定

日本におけるギャンブル依存症の有病率は男性で9.6%、女性で1.6%と報告されています。男女合わせて1~2%と言われる諸外国と比べると際立って高いように思えますが、この有病率は信頼性が高い数字なのでしょうか。

岩波 明(いわなみ・あきら)
昭和大学医学部精神医学教室教授、医学博士
東京大学医学部卒。東大病院精神科、東京都立松沢病院、埼玉大学医科大学精神科などを経て、昭和大学医学部精神医学教室教授。研究分野は精神疾患の認知機能障害、薬物依存の精神生理、発達障害の臨床研究など幅広い。ロンドン大学精神医学研究所において触法精神障害者の処遇と治療、ビュルツブルク大学で内因性精神病の分類学を学ぶ。著書に『名作の中の病』(新潮社)、『狂気という隣人』(新潮文庫)、『うつ病』(ちくま新書)など。(写真=小久保松直)

岩波:男性で9.6%、女性で1.6%という数字は、2009年に公表された『わが国における飲酒の実態ならびに飲酒に関連する生活習慣病、公衆衛生上の諸問題とその対策に関する総合的研究』という報告書(編集部注:厚生労働科学研究費補助金による統括研究報告書。主任研究者は慶應義塾大学名誉教授の石井裕正氏)が出典となっています。

 この研究は成人人口から抽出した7500名を対象に面接および自記式からなる調査票を用いた調査を行い、4123名から回答を得ています。「自記式からなる調査票」とは要するにアンケート調査ですが、面接調査と比べるとアンケート調査の信頼性は低いと考えられます。

 しっかりした数字を出すには、ギャンブル依存症に関する専門知識を持った調査員が面接をする必要があります。「報告書」というのは専門家のチェックを受けているものではなく、内容の信ぴょう性は必ずしも高くありません。

 統合失調症などの他の精神疾患のわが国における有病率は諸外国とさほど変わりませんから、ギャンブル依存症だけが突出して高いとは考えられません。男性で9.6%、女性で1.6%という数字が一人歩きしていますが、現実には日本でも有病率は諸外国と同じ水準の1~2%であると考えるのが妥当でしょう。

日本におけるギャンブル依存症の実態とはどのようなものですか。

岩波:ギャンブル依存症に限らず、日本では精神疾患の有病率に関する信頼性の高い疫学調査はほとんど行われていません。疫学調査とは、病気の要因と発生の関連性について、ある地域や集団を統計的に調査するものです。精神疾患の疫学調査が進まない背景には、精神疾患に対する無理解やタブー視があると思います。

 ギャンブル依存症の対策の第一歩は実態の正しい把握です。IRでカジノが導入されることが決まったら、まずはギャンブル依存症に対する本格的な疫学調査を行うことが最優先の課題になると考えています。

ギャンブル依存症は薬物依存と同じ仕組みで成立する

そもそもギャンブル依存症はどのように定義されるのでしょうか。

岩波:精神疾患の定義の多くは、アメリカ精神医学会による『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)』を元にしています。DSMの最新版であるDSM-5ではギャンブル依存症は「ギャンブル障害」と呼ばれており、診断基準10項目のうち4項目以上が当てはまり、それが躁状態(躁病エピソード)では説明できない場合、「ギャンブル障害」と定義されています。

 このDSMの最新版である第5版(DSM-5)で、病的賭博は初めて「依存症」として認められました。これまで依存症ではアルコールやニコチンといった化学物質に対するものが中心でしたが、ギャンブルという化学物質以外のものにも依存症が成立すると初めて認めたのです。今後は同様にインターネットやゲームなどへの依存症も認められることになるかもしれません。

●ギャンブル依存症/ギャンブル障害(Gambling Disorder)

  1. 臨床的に意味のある機能障害または苦痛を引き起こすに至る持続的かつ反復性の問題賭博行動で、その人が過去12カ月間に以下のうち4つ(またはそれ以上)を示している。
  1. 興奮を得たいがために、掛け金の額を増やして賭博をする要求
  2. 賭博をするのを中断したり、または中止したりすると落ち着かなくなる、またはいらだつ
  3. 賭博をするのを制限する、減らす、または中止するなどの努力を繰り返し成功しなかったことがある
  4. しばしば賭博に心を奪われている(例:過去の賭博を再体験すること、ハンディをつけること、または次の賭けの計画を立てること、賭博をするための金銭を得る方法を考えること、を絶えず考えている)
  5. 苦痛の気分(例:無気力、罪悪感、不安、抑うつ)のときに、賭博をすることが多い
  6. 賭博で金をすった後、別の日にそれを取り戻しに帰ってくることが多い(失った金を“深追いする”)
  7. 賭博へののめり込みを隠すために、嘘をつく
  8. 賭博のために、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらし、または失ったことがある
  9. 賭博によって引き起こされた絶望的な経済状況を免れるために、他人に金を出してくれるよう頼む
  1. その賭博行為は、躁病エピソードではうまく説明されない

(『精神障害の診断と統計マニュアル(DSM) 第5版』から)

対策作りはこれから。早急な仕組み作りが求められる

どのようなメカニズムでギャンブル依存症は成立するのでしょうか。

岩波:ギャンブルへの嗜好性は人間誰しも持っているものです。古代エジプト、古代ローマの時代から賭け事は広く行われていました。わが国でも、律令時代から記載があります。

 賭け事をしたいという単なる嗜好性が依存症に発展する過程には、脳内での生理的な変化が関わっています。詳細ははっきりしていませんが、もっとも大きな変化はドーパミン系に生じると言われています。

 ドーパミンとは脳内で快楽をもたらす報酬系の神経伝達物質の一種。依存症の成立にはドーパミンによる“悪い学習”が関わっています。ギャンブルで勝って興奮すると、ドーパミン系が活性化されて快楽という報酬が得られます。この“悪い学習”が続くとドーパミン系が常に活性化された状態へ生理的な変化が起こり、ギャンブルがもたらす快楽に依存して離れられなくなるのです。このメカニズムは覚せい剤や危険ドラッグなどの薬物依存と同じです。

 ドーパミンが欠落するとパーキンソン病という病気が起こりますが、抗パーキンソン病薬を投与するとドーパミンが増えてギャンブル依存症が発生するという報告もあります。つまり、ギャンブル依存症は、本人の「心がけ」の問題ではなく、生物学的なメカニズムが存在しているということです。

ギャンブル依存症になりやすい体質というものがあるのでしょうか。

岩波:賭け事に対する嗜好性は全員にありますから、ギャンブル依存症は誰でもなる可能性があります。中でも特にアルコール依存症やうつ病の人は、ギャンブル依存症になりやすいと言われています。

 ドーパミンの働きに影響を与える遺伝子の変異も依存症の発生に関与しているという研究もありますが、遺伝的な素因についてはまだはっきりしません。

対策作りはこれから。早急な仕組み作りが求められる

ギャンブル依存症の治療はどのように進められるのでしょうか。

岩波:ギャンブル依存症に対する特効薬はありません。その点はアルコール依存症、危険ドラッグや覚せい剤といった薬物依存と同じです。

 一時的にギャンブルから遠ざかったり、アルコールや薬物の薬効が身体から消えたりしたとしても、ギャンブル、アルコール、薬物を使ったという体験はずっと残っています。脳の中に依存の回路がある限り、依存症から脱するのは残念ながら非常に難しいと言えます。

 日本ではアルコール依存症以外の薬物依存の治療はかなり遅れています。覚せい剤汚染が社会問題化していますが、覚せい剤取締法違反で逮捕されても罰を与えて刑務所へ入れるだけ。治療らしい治療も行われないうちに釈放されてしまうため、再犯を繰り返します。

 捕まえて刑務所に閉じ込めておくだけでは、依存症は治らないのです。その結果、日本では男性受刑者の約2割、女性受刑者の約4割が覚せい剤がらみと言われています。その点、オランダなどでは、覚せい剤などのドラッグで逮捕されると刑務所へ入るか、それとも更正施設でリハビリするかが選べるようになっています。

 依存症の治療においては、専門知識を持つ医師のいる精神科や心療内科に通院すると共に、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)と呼ばれる自助グループでの治療が重要となります。

 GAでは同じ悩みを持つ仲間が集まり、互いに助け合いながらグループカウンセリングを行なうのが一般的です。現在でもNPO法人などでGAを中心とした更正を試みているところもありますが、今後はこうした試みに対する公的な支援も必要になってくるかもしれません。

シンガポールでは依存症対策を取ったことで、ギャンブル依存症の恐れがある人やギャンブル癖を持つシンガポール居住者の割合(1~2%)に大きな変化はなかったとされています。日本で今後ギャンブル依存症を増やさないための対策にはどんな方法が考えられるのでしょうか。

岩波:どんな対策を施しても、ギャンブル依存症の発生をゼロにはできません。依存症が発生するという前提に立ち、発生した依存症をうまくコントロールする仕組みを作るべきでしょう。

 第一に精神疾患への偏見やタブー視を取り払い、ギャンブル依存症が精神疾患であり、治療が必要であるという社会的な認知度を高める必要があります。

 次に問題が起きたときに本人や家族が相談できる窓口をきちんと設けることも大切です。恐らくはアルコール依存症などと同じように、自治体の保健所や精神保健福祉センターが相談窓口となり、そこから依存症治療を行っている医療機関などを紹介する形になるでしょう。

 あるいはギャンブル依存症対策の拠点病院を作る必要が出てくるかもしれません。こうした取り組みは、現在ほとんど対策のとられていないパチンコなどの依存症に悩む人にとっても有益だと思います。

 そしてカジノで入場料を徴収したり、ドレスコードを設けたりすることで、依存症のリスクがある人のアクセスをある程度制限する制度も必要です。さらにカジノでのおカネの使い方や利用頻度などから依存症の兆候が見受けられる人に対しては、カジノ事業者が連携してアクセスが制限できる仕組みを作ることも重要になってくるでしょう。

ソース:http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140811/269897/?P=1