日経ビジネス オンラインのIR特集、第2回目です。
ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座
第2回「日本にIRができたら誰が運営するの?」講師:日本大学経済学部専任講師、佐々木一彰氏
日経ビジネス オンライン 2014年7月22日(火)
鈴木 昭、井上 健二(フリーランスライター)
IRが日本の新しい産業として育つにはマンパワーが要る。カジノ、ホテル、コンベンション施設といった器を作ると同時に、IRを効率的に運営管理する人材を育てる必要が出てくるのは必至だ。
IRで先行する諸外国には専門家を育てる教育機関が設置されているが、G8(先進8カ国)の中で唯一カジノを合法化していない日本では、IR関連の人材を育てる教育環境はまだ整っていないのが現状である。
連載2回目では、米国のネバダ州立大学カジノ上級管理者養成プログラム(EDP)を修了した日本大学経済学部の佐々木一彰専任講師に登場していただき、IR人材育成の課題と日本型IRの展望について語ってもらった。
(構成=井上 健二)
-IRに求められる人材像とはどのようなものでしょうか?
佐々木 一彰(ささき・かずあき)
日本大学経済学部専任講師。博士(地域政策学)。米国・ネバダ州立大学カジノ上級管理者養成プログラム(EDP)修了。著書に『ゲーミング産業の成長と社会的正当性~カジノ企業を中心に~』(税務経理協会)、学術論文に『カジノを包含したIntegrated Resortにおけるホスピタリティ』(日本ホスピタリティ・マネジメント学会誌HOSPITALITY第18号所収、2011年)他、多数。(写真=鈴木愛子)
佐々木:IRやカジノ企業は特別な存在ではなく、公的、社会的に管理された安全な環境下で、「楽しみ」を個々人に提供するホスピタリティ産業です。それぞれ上場企業であり、基本的にはホテル業界に近いと考えていい。同様にマーケティング、マネジメント、ファイナンスに関する知識が要求されます。
海外での人材育成はどのように行われていますか。
佐々木:マネジャークラスの人材育成は大学が中心になって行っています。例えば、ラスベガスとリノを抱えて米国におけるカジノ産業の中心地の一つであるネバダ州には、ネバダ州立大学のラスベガス校とリノ校があり、ホテル経営学部で全米でも有数の熱心な教育を行っています。特に2年ほど前に亡くなったリノ校のビル・イーディントンという先生は世界的なカジノマネジメントの権威と言われた方で、多くの教え子たちが世界中に散ってそれぞれ、実務に就いたり教鞭を取っています。
大学中心にIR人材育成が行われている海外
また、同じく米国のサンディエゴ州立大学(カリフォルニア州)にはゲーミングの研究所とカジノマネジメントを教える講座があり、カジノ企業の寄付金を原資としてマネジャークラスの人材教育を行っています。ちなみに、ホスピタリティ産業に関してはコーネル大学(ニューヨーク州)も有名ですが、コーネル大学のホテル経営学部にはIRやカジノの経営に対する講座はありません。
日本に先駆けて2010年にIRを導入したシンガポールにはネバダ州立大学の分校があり、そこでIRやカジノの経営に関わる人材を育成しています。
●IR・カジノ人材育成プログラムを持つ海外の大学の例 米国(ネバダ州) 「ネバダ州立大学ラスベガス校、同リノ校」
ホテル経営学部などにIR、カジノ施設のマネジャー育成講座がある。米国(カリフォルニア州) 「サンディエゴ州立大学」
カジノマネジメント講座でマネジャー教育育成プログラムがある。ゲーミング研究所も併設。シンガポール 「ネバダ州立大学シンガポール分校」
IRやカジノの経営に関わる人材育成プログラムがある。マカオ 「マカオ大学」
カジノのマネジメントを学ぶ講座を持っており、ゲーミング研究所も併設。大学内のカジノを学ぶ実習施設が充実。香港 マカオ大学のようにカジノマネジメントに特化したプログラムは存在していないようだが、観光産業・ホスピタリティマネジメントの枠内でカジノ講座が開かれる。 (資料:佐々木一彰氏提供)
佐々木先生が修了したネバダ州立大学のカジノ上級管理者養成プログラム(EDP)とはどのようなものですか。
佐々木:同大学のホテル経営学部が行うプログラムで、主にカジノ企業の課長クラスがキャリアアップのために参加しています。
私がこのプログラムを受講したのは2010年。そのときは日本人の参加者は私だけでしたが、アジアからはマカオ大学から参加している人がいました。ほかには、インディアン・カジノ(註・米国のインディアン居留地で連邦政府が公式認定した先住民族が運営するカジノ)のマネジャークラスの参加者が多くいました。座学のほかに、ある場所にカジノを新設するという想定でケーススタディを行ったりしました。
日本でのIRのための人材育成の体制はどうなると思われますか。
佐々木:日本では大阪商業大学が、ラスベガス、マカオ、シンガポールなどからIRオペレーターや大学の研究者を講師として招いて「カジノ・デベロップメント&マネジメント講座」を過去3回開催しています。これは2日間の集中講座ですが、その拡大版のような形で実施するのが、日本では現実的だと思います。
IR推進法が国会審議を経てカジノが合法化されれば、大学院などにもIRに向けた人材教育に取り組む機関ができてくると思われます。IRは将来的には2兆円産業に発展するという予測もあります。それを実現するためには多くの人的資源が必要ですから、専門的に人材育成を行う機関が生まれない限り成り立たないと思います。
日本人が日本人を教える仕組みが出来上がるだろう
さらに、カジノが合法化すれば、マカオやネバダの大学や養成学校などに留学してIRやカジノビジネスを勉強するビジネスパーソンが増えてくるでしょう。また、そこで学んだ専門家たちが知識を身につけて帰国し、日本人が日本人を教える仕組みが早晩整うのではないかと予測しています。
また、カジノディーラーについては既に日本でも養成学校が10年ほど前から人材育成を開始しており、カジノディーラーを審査して認定する機関も立ち上がっています。
佐々木先生が受講したネバダ州立大学のカジノ上級管理者養成プログラムの修了証日本の養成学校で学んだ卒業生はどこでどんな仕事をしているのですか。
海外のIRに就職したり、あるいは実際におカネはかけないけれど、気分を楽しむゲームセンターなどで働く人がいるようです。
日本のIRについてはどのような展望をお持ちですか。来場者の日本人比率やビジネスモデルなどはどのようになると想定されていますか。
佐々木:80%くらいが日本人客で、20%くらいを中国や韓国など海外からの顧客が占めるのではないかと思っています。マーケティングの仕方によっては中国人など海外からの来訪者はもっと増える可能性もあります。
収益構造に関しては、シンガポール型よりもラスベガス型に近くなるような気もします。シンガポールにおけるIRの成功例として知られている「マリーナ・ベイ・サンズ」では、IR全施設に占めるカジノ部分のフロア面積は3~5%ほどですが、それで全収益の80%ほどを稼いでいます。それがシンガポール型IRの収益構造です。
一方のラスベガスではメインストリートに建ち並んでいる大型のIRでは、カジノが上げているのは全収益の40%程度。残りはエンタテインメント部門や飲食部門などの非カジノ部門が稼いでいます。日本でも物販や飲食といった非カジノ部門の収益が、案外大きな割合を占めて、ラスベガス型の収益構造に近くなるのではと推測されます
IRを日本で進化させ輸出商品にもできる
日本はIRについては後発ですが、例えばコンビニエンスストアのように、海外で先行していた諸外国のノウハウを吸収して、それを日本流に進化させていく力がある。日本でより洗練されたIRを生み出せるチャンスは十分あると思います。
例えば高度な顔認証システムやセンサー技術を組み合わせたセキュリティ技術やスロットマシンなどのハードウエア、日本特有のホスピタリティなどのソフトウエアを組み合わせた日本型IRに競争力を持たせて、新幹線のように一つの商品パッケージとして世界市場に売り出す戦略を考えてもいいと思います。
さらに、東京や大阪で構想されている大都市型IRは、MICE(ミーティング、インセンティブ・ツアー、コンベンションまたはカンファレンス、エグゼビション)機能を重視したものになるでしょう。
もし東京が実現にもたついていたら、大都市型に関しては横浜が先行する可能性もあると思います。古くからの港町で外に対して開かれた都市文化がありますし、何といっても中華街がありますから、華僑ネットワークで中国人を呼び込みやすいというメリットがあると思います。
事実上放置されてきた依存症対策
IRはインバウンド観光の起爆剤としても期待されています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催までに日本でIRは実現するのでしょうか?
佐々木:IRには大都市型と地方型があると考えます。東京や大阪に想定されている大都市型だとスケジュール的に厳しいかもしれませんが、より規模の小さな地方型は工期も短くて済みますから、間に合う可能性は十分あります。あるいは大都市型でも、カジノなど一部分を先行してソフトオープンさせるという手もあるかもしれないですね。
もし東京オリンピックの開催に間に合わなかったとしても、オリンピック開催後のインバウンド観光の落ち込みを支える強力なツールになってくれるとしたら、それはそれで喜ばしいと言えるでしょう。
改めて今回、日本でIRが生まれる意味についてどうお考えですか。
佐々木:カジノ産業は長年アルコールやタバコなどと並び、「罪の産業」として規制される対象でした。完全に非合法化すると、反社会的な勢力の悪用などによって社会に悪影響が及ぶからです。アルコールやタバコは合法化されていますが、カジノも合法化して法律の網をかぶせてコントロールしながら、ギャンブル依存症対策などを行うことで社会への悪影響を最小限に留めることが可能です。
いまやG8(先進8カ国)の中でカジノを合法化していないのは日本だけです。カジノを含むIRによる地域の活性化、税収の増加、インバウンド(訪日外国人)の増加などのメリットを国民が享受できるようになる意味は大きいと思います。
さらに、IR誕生を契機に、これまで事実上放置されてきた依存症対策などを積極的に行うことができたら、既存のゲーミング・ギャンブリング産業にもプラスの効果を生むと考えています。
ソース:http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140715/268690/?P=4&ST=world