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ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座 第1回「日本導入が検討されているIRって何?」

日経ビジネス オンラインで、「ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座」という特集が始まりました。
第1回は美原先生です。

 

ビジネスパーソンのためのIR(統合型リゾート)基礎講座
第1回「日本導入が検討されているIRって何?」

講師:大阪商業大学教授・アミューズメント産業研究所長、美原融氏

日経ビジネス オンライン 2014年7月15日(火)

鈴木 昭、井上 健二(フリーランスライター)

 IR(Integrated Resort)とは、カジノを含む統合型リゾート。カジノ導入に当たりシンガポールが使って広まった言葉であり、大規模なホテルやコンベンション施設、高級ショッピングモール、劇場や遊園地などのエンタテインメント施設などが併設されているのが特徴である。

世界的に見てもIR導入を進めるところが増えてきた。日本でも10年以上にわたり、カジノ導入の是非が議論されてきたが、IRという新たなコンセプトのもとでカジノ導入の機運は高まった。2010年4月には超党派の「国際観光産業振興推進議員連盟(以下IR議連)」が発足。11年8月には「特定複合観光施設地域の整備の推進に関する法案(以下IR推進法案)」を公表。12年から通常国会への上程を目指してきたが、ようやく14年6月の通常国会でIR推進法案が審議入りして、IR実現の可能性が一気に高まりつつある。

経済界の関心も高まるIRだが、その実態やメリット、デメリットについては一般国民の理解が深まっていないのが現状である。そこで本連載の第1回目は、IR推進法案の起草者の一人である大阪商業大学教授・アミューズメント産業研究所の美原融所長に登場していただき、日本におけるIR実現に向けた問題点とその将来像を語ってもらった。

(構成=井上 健二)

 

-IRの本質をどのように見ていらっしゃいますか。

美原 融(みはら・とおる)氏
大阪商業大学教授・アミューズメント産業研究所長。1973年、一橋大学経済学部卒業。三井物産入社後、三井物産戦略研究所などを経て現職。01年以降、日本プロジェクト産業協議会の複合観光施設研究会主査として、東京都をはじめとする自治体のカジノ導入の動きを支援。以後は国政にも関わり、IR議連の実質的な顧問を務める。日本のIR推進におけるキーパーソンのひとりである。
(写真:鈴木 愛子)

 

美原:IRは機能面と施設面という2つの視点から捉えると理解しやすいと思います。機能面から見ると、遊ぶ、泊まる、観る、楽しむ、仕事をする、買い物をする、食事をするといったさまざまな機能を一体化させたリゾート複合観光施設であると言えます。人を集めてにぎわいを作り、多彩な機能が多彩な集客を可能にして消費のシナジー効果を創出します。

施設面から見ると、カジノ、コンベンション・会議施設、宿泊施設、劇場、テーマパーク、ショッピングモール、飲食施設、美術館、博物館、スポーツ施設など、エンタテインメントとビジネスを包括する一体化した施設であり、さまざまな遊びや体験が自由に選べる非日常的な空間、施設だと言えます。

一体開発して統括的なマネージメントを行ない、収益力のあるカジノを組み込むことで高規格の施設と質の高いサービスを実現すれば、誰もが行ってみたい施設となります。都市部に作るときは、その都市を代表するようなユニークな景観を備えていることも重要になるでしょう。

秋の臨時国会で推進法案が可決されたら一気に動き出す

IRが実現するまでの道筋はどのようになると予想されますか。

美原:内閣総理大臣が先頭に立って動きましたし、国会での審議も始まり、国民的な話題にもなりました。不安定要素はありますが、政治的なコンセンサスが取れたら、今年秋の臨時国会でIR推進法案が成立するでしょう。

IR推進法案が成立すると3カ月以内に内閣総理大臣を本部長とする推進本部が立ち上がり、1年後にIR整備のために必要な実施法(IR法)を作ります。同時並行的に官僚組織が内閣府の中に立ち上がり、実質的にそこが実施法を作る母体となります。実施法ができるまでの間には、有識者会議が開かれたり、公聴会が開かれたりするでしょう。そこでの議論をオープンにしながら、問題を整理して国民に分かりやすく説明していきます。

IR推進法案はIRの中身を必ずしも詳細に説明していないために、国民にとって分かりにくい部分もありますが、実施法案を議論する過程で国民の理解も得られるはずで、これを契機として後は一気に動き出すと思います。

IRが実現するとしたら、具体的に日本のどこでどのような形で展開されるとお考えですか?

美原:現在、大都市型と地方型という2タイプのIRが考えられています。大都市型はシンガポールのマリーナ・ベイ・サンズのようにカジノとそれ以外の施設と機能を1カ所に集約させたものになるでしょう。これは前述のようにアイコン的、印象に残るユニークなデザインの建物を作り、東京や大阪のような大都市で展開する場合には投資規模は5000億円から1兆円にのぼると予想されています。

地方型はそれぞれの地域の自然や特性を活かしたものになるでしょう。沖縄なら美しい海、北海道なら雪山といった観光資源を利用しながら、地域経済振興の視点も加えたプランが作られるでしょう。こちらの投資規模は1000億円から2000億円ほどになると想定されます。

リゾート法が失敗した2つの理由とは

新たに作られるIR法が、失敗に終わったとされるリゾート法の二の舞になる恐れはないのでしょうか。

美原:リゾート法が失敗した理由は大きく2つありました。まずはリスク評価や事業評価がいい加減でも、自治体がプランを立てて「やりたい」と手を挙げさえすれば、ほとんど例外なく国から認められて補助金がもらえる仕組みだったこと。だからずさんで似たようなリゾートが全国各地にできました。それに自治体と民間が合同で出資・運営する第三セクター方式を取ったので責任が曖昧になり、運営に失敗する一因となりました。

今回のIRの場合には数を絞り、ハードルを上げ、リスク評価も事業評価もしっかりした提案でないと国から区域指定を受けられません。さらに事業の主体はあくまで民間。公的資金は1円も投入しません。IRは国や地方のおカネを使うプロジェクトではなく、おカネを生み出すプロジェクトなのです。もしも事業主体者が失敗したらライセンスを取り上げて市場から退場していただき、施設を競売にかけて次の事業者に運営を任せるようにすれば、リゾート法のときのように破綻した施設に税金を投じるような真似をしなくても済みます。

「カジノ警察」を作り不正行為を徹底的に取り締まるべき

IRの収益源として期待されるカジノに対してマイナスのイメージを持つ人も少なくないようです。

美原:それは誤解ですね。米国では名だたるIRオペレーターは全部上場企業です。株主がいて、きちんとコンプライアンスが守られています。何か問題があったら株主が黙っていませんし、違法行為があったらライセンスが剥奪されて企業そのものの息の根が止められます。世界のIR企業はそれくらいクリーンで厳格な環境の中でビジネスをしています。

米国では1931年にネバダ州でギャンブルが合法化されてからしばらく、犯罪組織が経営に関与する時代が続きましたし、カジノをめぐる組織同士の抗争も起こりました。多くの日本人がカジノに対して漠然と抱いている負のイメージはこの時代のものでしょう。その後、連邦政府がカジノのライセンスの管理に乗り出し、犯罪と関わりがある人物の排除やマネーロンダリングの厳しい取り締まりを徹底して行うようになり、健全化したのです。

日本でもカジノの健全化を担保するための規制機関が必要です。それは国家公安委員会や公正取引委員会のように、独立性と専門性の高い行政委員会である必要があります。分かりやすく言うと「カジノ警察」を作り、カジノ内部のディーラーの不正、反社会勢力の関与、マネーロンダリングを一切許さない体制を作ることが求められます。

IR反対派はギャンブル依存症の患者が増えることや青少年への悪影響を心配しています。

美原:ギャンブル依存症については、依存症の発生を最小限に抑える仕組みを作り、万一起こった場合にも公的機関がケアするセーフティネットを整備すれば、社会的なコストをミニマムに抑えられると思います。

依存症予備群などの社会的弱者が容易にカジノに入れないように、身分証の提示や顔認証システムなどを駆使してアクセス制限を設けるという方法もありますが、個人情報保護の問題も絡んできますから、今後もっと議論を深める必要があります。シンガポールでは依存症対策に先手を打って取り組んだ結果、IRができた後もギャンブル依存症患者は増えていないという報告があります。

日本でも依存性対策の公的な対応機関を作ってそこに予算と知識を集約させて、人材を育成しながら社会的弱者を救済するメカニズムを確立することが大切です。青少年のアクセス制限についても同じように厳しく考える必要があります。

もう一つの課題はカジノ内部での犯罪行為の防止です。反社会勢力とカジノ内部の人間が手を組めば、犯罪組織に資金が流れる恐れもあります。依存症はコントロールしにくいリスクですが、犯罪行為はコントロールしやすいリスク。制度と取り締まりの組織をきちんと整備すれば100%防げるはずです。不正を徹底的に封じ込めるために監視カメラを活用し、経営者はもちろんディーラーのように内部で働く人間には資産や銀行情報の開示を求めることを条件に、ライセンスを付与する取り決めを作っておけば、犯罪行為は防げると思います。

IRはインバウンド観光の重要なツールになる

改めてIRのメリットをどのように捉えていますか。

美原:メリットとして挙げられるのは経済的な波及効果です。世界的に事業を展開しているIRオペレーターにとって、日本は数少ない手付かずの新しいマーケットです。大都市型であれば、5000億円から1兆円の投資をしても十分にペイするという市場感を持っています。それだけの投資が行われると建設業界や不動産業界は活性化します。IRが稼働を始めると雇用も増えるし、そこでの物品やサービスの売上が上がり、地域に恩恵をもたらします。そしてカジノ税や消費税などの税収で新規財源も生まれます。

地方型の場合にも同じように地域経済の活性化、雇用の促進などのメリットがあり、IRが引き寄せた人びとが周囲を回遊してくれると、エリア全体に経済的な恩恵が広がると期待されています。

いずれにしてもメリットとデメリットをはかりにかけてみて、デメリットの方が少しでも大きいようならIRをやる意味はない。他の先進国ではデメリットを抑えてIRを成功させているわけですから、日本がそれに失敗してIRをあきらめることになると他の先進国からの信頼を失いかねないと私は思います。

最後に、IRはインバウンド観光の起爆剤になりうるとお考えですか。

美原:IRで先行しているシンガポールやマカオと日本とはマーケティングストラテジーが違います。シンガポールは人口530万人ほどの小国ですから、外国からの観光客やビジネス客がIRの担い手になるのは当たり前。また、中国国内にはカジノは作れませんから、中国人がカジノを楽しみたかったら隣接するマカオに行くのが手っ取り早い。マカオのカジノ客の約90%は中国人です。しかし、日本にはカジノで遊べるだけの裕福な日本人がたくさんいますから、主体となるのは日本人客でしょう。

ただし、東京や大阪に国際レベルのIRを作ったら、中国人の富裕層がやってくる可能性は十分にあり得る。北京を含めた北部の富裕層にとっては、マカオよりもシンガポールよりも東京や大阪の方が近くてアクセスがいい。同じように韓国人の富裕層もやって来るかもしれない。コンベンション客がどの程度カジノで遊んでくれるかは分かりませんが、いずれにしてもIRがインバウンド観光を呼び込む重要なツールになることは間違いないでしょう。


 

ソース:http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140708/268337/?P=1