IR(統合リゾート)、カジノ施設の収益規模を決定する要素はきわめてシンプルで、エリアの国民金融資産の量と施設数により規定されます。国民金融資産はカジノの潜在市場規模を示し、施設数は潜在市場のシェアを示します。日本のように、単一大型経済圏で、政府が施設数をコントロールする場合、事業者はほぼ確実かつ永続的に莫大な利益を確保できます。
表のように、日本の富裕層の個人金融資産量は約450兆円とアジアではトップであり、それに対して施設数は10カ所程度が想定されています(IR議連の考え方)。日本の「一施設当たり個人金融資産量」は平均45兆円と世界最大級です。アジア各国は中央政府が施設数をコントロールしますので、事業者は大きな利益を確保しています。一方、米国は金融資産こそ大きいですが、州ごとの競争により施設数が900カ所以上まで増加し、「一施設当たり個人金融資産量」は1兆円強まで縮小し、その結果、事業者は黒字化すら困難な状況に陥っています。
事業者の営業利益は、マカオのコンセッション保有6事業者計が約6000億円、シンガポール2施設計(Marina Bay Sands, Resorts World Sentosa)が約2000億円です。日本では、関東、関西それぞれ一施設ずつ構築した場合、2施設を合わせた営業利益は保守的に見積もっても年間3000億円レベルと世界最大級が予想されます。
この事業の唯一の収支リスクは施設間の競争激化です。日本は島国であり、自国民の市場が大きいため、国際的な競争の影響は限定的です。また、国内では政府が数をコントロールします。ゆえに、事業者は永続的に大きな利益を確保できると考えられます。
前回記したように、IRの重要な任務は日本の文化、サービス、技術、産業、観光資源の魅力を世界に発信すること、すなわちクールジャパン、ビジットジャパンの推進です。また、IRはこれまで禁じられてきた手段(カジノ)の許認可を受け、日本経済最大の資源である国民金融資産の一部を吸い上げ(移転を受け)、それを再投資する事業ともいえます。
大きな責任を担う、巨大なキャッシュフロー運用事業です。十分に日本の成長戦略に再投資し、社会の課題解決に役立てるためにも、日本社会にコミットする日本産業界が責任を持って主導すべきです。
一方、政府の成長戦略には、外資誘致(投資、企業)の推進が掲げられています。確かに、経済全体の視点では、外資誘致は重要な政策です。しかし、個別の産業では、外資依存が望ましくない分野があります。
経済全体から見た外資誘致のメリットは、①外国資本投下により新規の需要や雇用が創出される、②外国の優れた人材、情報、技術、経営ノウハウが導入され、産業競争力が向上し、一人当たりの生産性が高まる、などです。つまり、メリットは、外資が新規の需要を創出し、日本の産業の競争力を向上させることです。
ところが、個別の産業においては外資導入がリスクとなる場合があります。そうした産業とは、①公共性、周辺産業への波及効果が大きい、②政府の許認可により高い収益性が見通される、などです。外資事業者は短期的な利益を追求する傾向があり、その結果、公共性、周辺産業への波及効果が抑制され、超過利益の海外流出(日本国内に再投資されない)が懸念されるわけです。
IR、カジノは公共性、周辺産業への波及効果が大きく、政府の許認可が大きな利益の源泉となる事業です。外資誘致のメリットが少なく、リスクが大きい分野です。世界の先進国では、自国企業がIR、カジノの所有(資本)、運営を担うのが基本です。シンガポールはIRの所有、運営を外資カジノ事業者に依存した先進国ではほぼ唯一の国です。シンガポールは都市国家(人口540万人。日本の5%以下)であり、極めて特殊な例外と言えるでしょう。
シンガポール以外にも、IR、カジノの運営部分を外資に依存する例は多くあります。運営マネジメントを外資に委託し、レベニューシェア(売り上げの配分)を行う契約です。例えば、米国の部族民政府(インディアン)、バハマ、東南アジアの一部、東欧の一部などです。
ただし、こうした国々でも、多くの場合、自国企業が所有(資本)の大半を確保しています。運営を外資に依存した国々の特徴は、①自国の経済規模、カジノ潜在市場が小さい、②周辺諸国とのカジノの顧客獲得競争が激しい、③IR構築、運営に関連する自国産業が未成熟、などの条件を備えることです。明らかに日本には当てはまりません。
なお、世界最大の市場であるマカオでは、6つのコンセッション(免許)のうち、3つが米国系に付与されました。しかし、マカオ政府の拡張計画の許認可運用、マカオ資本の導入義務付け、サービスアグリーメント事業者の存在などを考慮すれば、実質的には、中国資本の影響力はコンセッションの割合以上に強い状況にあります。
ちなみに、マカオの市場が開放され、コンセッションが付与された2002年当時、中国経済は発展の初期段階でした。そうした中でも、マカオのGalaxy Entertainmentは独力で世界を代表するカジノ、IR企業の地位を築きました(時価総額は世界2位)。同社はもともと建設資材業であり、カジノとは無関係でした。
以下は同社の成功に対するマカオゲーミングコミッション委員長のコメントです。「Galaxyの開発実績と現状は、開発者が十分な財務体力を有する場合、カジノ運営の専門家を雇用し、世界の有力カジノ事業者と対抗する施設を構築することは難しいことではないことを示している」。
日本産業界には十分な能力あり
世界の先進国は自国の企業によってカジノ、IRを実現しています。日本も同じように自国産業主導で進めるべきです。
日本企業によるカジノ構築、運営体制の整備のプロセスは次回以降で詳細に説明しますが、今回は日本のIR開発は世界、アジアの先例と比較して、好条件に恵まれ、難易度が低いことを客観的事実から説明しておきましょう。
①日本のIRは莫大な利益を生む確実性が高く、収支リスクは乏しい。国内外の競争が限定的である。
②高収益投資物件ゆえに、必要資金の調達は容易。日本は超低金利国(カネ余り状態)である。
③IR開業までの準備の時間は十分にある(東京五輪の2020年が開業年とすれば、まだ6年間ある。海外ではもっと短期間で開業するのが通例)。
④過去10年間でアジア全域にカジノ産業が発展した結果、運営ノウハウが標準化され、スキルセットを持つ人材のプールと流動性が大幅に拡大している。日本が不足する部分は海外からの人材リクルート、教育システム、業務手順の獲得などを通して調達できる。
➄日本には最先端のITセキュリティ技術があり、それらを安心安全なカジノ運営開発に活用できる。
結局、日本産業界が「自ら参画する」という強い意志を持てば、IR、カジノの構築、運営を主導できない理由はありません。